星のめぐりが悪くて*1まとまりかけていた業務が華々しくはじけ飛び、 会議体が上へ下への大騒ぎ!
かくいう火中の私は「俺またなにかやっちゃいました?」 ぐらいの異世界人面をしているんですけど、こういう火消し業務というか、既定路線のない(というか、規定の路線からはみ出た故に発生する軌道修正の)業務が発生してしまったばっかりに、これ、なんか燃えてるけど、何をどうすれば いいのかさっぱりわからん…… という状態でいたずらにストレスが溜まり、夜は一時間おきに目が覚 める。
このまま朝になり、定時目掛けて業務へ従事したくない気持ちと、この手段によって生計を立てなければ暮らしていけないという明らかな予測を天 秤にかけ、ドアノブにベルトを巻くことを検討し始めるが、 部屋にベルトがなかった。スラックスはあるのに?
有難いことに激詰めの発生しないおおむね穏やかな面子と福利厚生のもと、社会の歯車の方、やらせていただいていますけれども、この好待遇で申し訳ないぐらいシビアなメンタルヘルスを叩きだしかねない気配があり、死の手触りが異様に身近。
ちょっと怒られが発生すると、即「辞職」がポップアップしてくるし、ここで首括ってやるか? ぐらいのことを考え始める。
別段怒られが発生しなかろうと、やってられない営業日にはまず出勤と無断欠勤を天秤にかけ、「出勤しなければ生活がままならない」に思考が至ると、次には「出勤」と「死」を天秤にかけている。
これには残りのライフで予定しているイベントが「余暇」と「死」に限られている、という理由もありそう。
何せ、石にかじりついてでも扶養する義務が発生している他人も居なければ、組んでいるローンもない。
結構身軽な暮らしをしているので、労働歴の長い上司ちゃんからの「担当者なんだから判断してよ そんなんじゃ成長しないよ(意訳)」といった有難いお話が始まると、「(これが)私の判断!」とぶち上げ、踵を鳴らしながら退室する選択肢が脳裏にポップアップする。
この場で電撃辞職し、後は残金で暮らして、生活が回らなくなったら、首でも何でも括れば良いん じゃないか。
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とはいえ、こんな些末なことに端を発する主観の喪失は耐え難い。
死の恐怖によって飛び起きるタイプの幼少期をやらせていただき、未だにマッハで死を恐れている。
私個人として、まだ死に向けての心の準備ができてないので、もしも昨晩探し求めたベルトが部屋にあったとて、実際に括るような判断はしなかっただろう。
じゃあ、ここで死んだつもりになって、財布だけ持って蒸発をするか。
とはいえ、蒸発した先でも生活をしないといけないので、ここは辞職ではなく休職制度活用ぐらいで、一旦手を打つ のが良いのではないか。あとどれだけ働き続ければいい?
今のところ激詰めしてくる人間というのは行動範囲にいないので助かっていますが、もしここから先業務関係で激詰めしてくる人間が発生したら私、きっとすぐ命をバータ ーに出してしまう。
現状でも既に、「業務として謝って済まされる場面ではない( ので屁理屈を捏ねて避けようね)」といっている上司ちゃんに向かって、「 じゃあお前がやれよ 腹切ってバトンタッチしてやろうか」ぐらいのことを言うかどうか悩んでおり、上司ちゃんからのお話は聞いていない。
あと、メール案文を口述筆記させるなら、最初からあんたがメールを出せば良いので はと心底思っている。これを堂々放言した後のことを考えると、面倒だから言わないだけ。
しかし、どうせこの場でぶっ倒れを宣言するのであれば、ここらでひとつ暴の花、咲かせるのもアリでは?
でも、まだ今月の給料が振り込まれていないからな〜 と思って今日は出勤したし、 今もなんか腹が痛い気がしますけど、起きたら明日も出勤しかねない 。
下手に籍を残す場合、欠勤したほうが面倒になるからだ。これは理性というより、むしろ慣性の法則に近い。
こうやって日々漫然と出勤して、へなちょこへなちょこ(擬音)していれば、こう、なんかいい感じに、自然と仕事も回ってこなくなるんじゃなかろうか。
「どうせ関わるならこういう仕事が良い!」という概念を一切持たないまま成人してしまい、こうなったからにはと、まだ保守体質を温存したところに滑り込んで、社内ニート枠を狙っている。 あの人悪い人じゃないんだけど、やることがそそっかしいんだよね という感じ。
でもこれって、相当のコミュニケーションスキルがある人間が収ま る椅子なんだよなぁというのは、薄々感じている。
生存本能はありますが、「生きるためには仕事をしなければならない」とな ると、急な希死念慮がそこかしこに現れる。
折を見て診断書などを貰い早く楽になりたいが、 診断書を書いてもらって折を見てと考えていると、今の業務の奔流を 止められない。
今晩私は首をくくった、ないし夜逃げをしたという“つもり”になり、概念上の死人となった明日、意気揚々と、会社から反対方面に向かう路線に乗る想像をする。
しかし、ここで思考に慣性の法則が働く。
暗澹たる3時間睡眠だろうと、労働者としてと心掛けがどうと聞き流 しながら、8時間ベンチウォーマーをしてお給金を貰った方が早い。
だって、首を括った「つもり」になったところで、どうせ生きるのには金が掛かりますし。
個人的に好ましく思える上に身持ちが硬い労働、この世にはあるのかもしれ ないが、 それを探しに世をクロールするほど、労働という形態が好きではないし、漫然とこう、転職のサイトを眺めていると、これは本当に「労働が好きな/労働に最適化した/興味関心がビジネスと結びついている人間」が、「自分のスキルや興味関心に近しい労働」を追い求めていくようなものではないか、というところに思い至る。
何もしないで月30万ほしい。本当は二億ぐらい欲しい。
それで、一度寝付いたら、「これから朝起きて労働しなければいけない」という緊張感によって一時間おきに目を覚ますことなく、朝までぐっすり眠る。