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社会人ちゃんの日記

オタクの皆さんも「Mars Express」(2024)を見て頭を割りましょう

私がこの手の作品群をあまり知らないこともあってどうしても「〇〇みたいな」という比喩を多用してしまうことになるんですけど、アニメ攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEXで出てくる笑い男事件後に少佐が戻って来ず、バトーくんが少佐の後追いをするみたいな映画を見て頭割れるかと思ったので、オタクの皆さんは是非見て下さい。

Amazonプライムの配信を見つけたけど日本では配信されてなかった。ああいうのって位置情報誤魔化せば見られるんでしょうか。

 


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前提として私はアニメ攻殻機動隊GHOST IN THE SHELLSTAND ALONE COMPLEX、S.A.C. 2nd GIGとイノセンス(映画)を視聴しており、漫画の方は休暇中の少佐が南国クルーズ風の電脳空間で3Pレズセックスを敢行しているところで社用の通信で邪魔されるところを何となく記憶している程度ですが、バトー君は少佐のことが好きだと思っている。

 

 

オタク(一人称)はバトー君は少佐のことが好きだと思っている。

「好き」というか、バトー君は少佐を重要な人物として重んじており、彼が「ともすれば自分よりも重要な人物」として重んじていることと、その対象である少佐が女型の全身義体を用い、基本的に「女性」として振舞うことの間に深いギャップがあり、彼自身もこれをあまり自覚しているようには見えない。故にバトー君は非常時に少佐絡みでバグった挙動をするキャラクターだと思っている。これを丸めると、「バトー君は少佐のことが好きだと思っている」になる。

 

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レンジャー部隊上がりの経歴を持つバトーは身体の大部分を義体化しながらも趣味は筋トレ、作中でもマッチョな振る舞いが目立つ男性キャラクターで、彼が男性的ホモソーシャルな世界観の中でホモソーシャル的な規範を内面化して生活していると仮定することは、そう難しいことではないと思います。

マッチョであることを前提とした、男性同士の連帯。男性的なホモソーシャルのつながりの中にどっぷり漬かっている彼にとって、彼がそれをはっきりと意識しているかどうかは別の問題として(そしておそらく、大多数のホモソーシャル的な要素を強く帯びているキャラクター/人々がそうであるように、自分がきっぱりと内面化し泥んでいる世界観の特性をはっきりと自覚しているケースはそう多くないだろうと思いますが)、彼にとっての「本当の人間」、言い換えると、「自分と対等な友誼を結べるような、重んじるべき他者」というものは、男しかありえない。と思われる。

勿論、バトー君が女体を軽んじるキャラクターであると言いたい訳ではない。確か映画イノセンスだったと思いますが、生皮を切り取られた犠牲者の娼婦を見た後、彼は犯人に対して激昂した。ここで生皮を剥がれているのが女子供ではなく屈強な男や老いさらばえた老人だったとて、彼は人体に対する非道な行いに対して憤ったと思いますが、女子供の形をしたものに対する惨い行いというのは、ホモソーシャル的な社会の中で独特の色合いを帯びる。それは庇護するべき〝自分よりも弱いもの〟への攻撃であり、広く「自分のような存在」がそれら庇護されるものに対して持っている所有権に対する侵害宣言になるからだ。

 

彼はホモソーシャル云々以前に「力ある人間として」という文脈かもしれませんが、兎角〝自分よりも弱いもの〟を庇護する感覚を、おそらく持っているとしても間違いはない、と思う。

 

問題はそこです。

 

彼がどっぷり漬かっている男性同士のつながりの中で、一般に女型の身体をしたものは「弱いもの」であり、少なくとも、自分に比肩するものではない。

ホモソーシャルの文脈において、女体は自分のようなものではなく、異物である。男性的なホモソーシャルの繋がりの中における「女体」は、誰かの妻や娘、あるいは女親や女きょうだいといった庇護対象(或いは所有領域に存在するもの)として現れるか、彼らにとっての一種のトロフィー、或いは捌け口の存在として現れる蠱惑的な娼婦であるか、基本的に、そのいずれかの形をとって立ち現れる。

女型をした身体を持つものは基本的に異物であって、同朋ではない。公安9課でも受付にいるロボットは女体を取りますが、それ以外の面子は基本的に男性で固められている*1

その中で、男型の形をとる九課の隊員を束ねる存在としての少佐は、頑なに女型の義体を使用し続けつつも、バトーよりも弱い存在としては有り得ない。彼女は上官であり、共にそこそこの死線を潜ってきた仲間といった信頼は醸成されているものの、彼女はあくまで女型の義体を使い続け、視覚的に「女性」として、バトー君の目の前に現れ続ける。なのでバトー君もバグる。

男型にしか有り得ない「信頼できうる同朋」としての存在が、何故か自分よりも弱く庇護するか誘惑してくる他者(または現象)として存在する筈の女体をとって現れるから。

 

アニメ版のどこかでバトー君は「あんたいつまでその義体なんだ?」「女性型なんて出力が悪いだろう」と少佐に向かって茶化すように言いますが*2、これはいたって彼の本心からの言葉だったのではないかと、オタクは邪推しています。

もしも少佐が男型であったならば、それはバトーが内面化している世界観においてしっくりくるし、バトー君もシーズン後半に来る緊迫の場面で、少佐の名前を叫びながら瓦礫を押しのけたりしないと思います。

 

 

バトー君は少佐のことが好きだと思う。なので、アニメ後半の緊迫した場面で少佐の生死が危うくなってくると、バトー君も必死に叫ぶ*3

好きな人と一緒にいられないことは、とても悲しいことだから。

 

これが頭にある状態でMARS EXPRESSを見ると、脳が裂けます。悲しいから。

フランス映画らしい。上映言語は英語だったんですけど、長時間フライトの最中に見たので台詞を全て正確に聞き取れているとはとてもではないが言い難く、字幕も無かったので同じような状況で視聴した「ボーは恐れている」「イニシェリン島の精霊」よりも内容を汲めていない可能性がある。主人公格とされる二人の名前も曖昧なんですけど、頭が裂けました。

 

機内エンターテイメントから確認できる映画情報のあらすじは「2200年、私立探偵のアリーヌ・ルビー(Aline Ruby)と彼女のアンドロイドパートナー カルロス・リベラ(Carlos Rivera)は裕福なビジネスマンに雇われ、悪名高いハッカーを追跡することになる」とのことですが、物語冒頭(開始15分ぐらい)でなんか、悪名高いハッカーらしい女性とアンドロイド(ロボット?)のコンビは確保されているし、その後地球から火星の入管でモメて、ハッカーには逃げられている。

もしかするとあらすじで言及されている依頼はよりその後の「女子大生探し」かもしれませんが、失踪した女子大生探しを依頼してくるのは予告編にも描写されているように女子大生の親なので、依頼主である裕福なビジネスマンというと……冒頭の……いや、しかし……誰……?というレベルの理解なんですけど、かなり良かったので、オタクの皆さんは是非見て下さい。

 

折角なので登場人物を紹介します。

 


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こちらのサムネイルをご覧ください。

 

画面中央下の目つき悪い金髪女性がアリーヌ。彼女は元々警察関係者のようですが*4、色々あって今では私立探偵として、彼女の右横に描かれているヒゲ男性ことカルロスと行動を共にしています。

アリーヌのアンドロイドとして紹介されるヒゲ男性カルロス。彼は元々生身の人間だったようですが、何らかの事情により生身の身体に強い損傷を負ったため、今では(たぶん)全身義体に切り替え、その結果として生身だった頃には一人娘を設ける程の関係であった妻に拒絶されてしまい? 現在は少なくとも別居状態。アリーヌの探偵事務所に座ってアップデートをしたりしているので、もしかするとそこに住んでいるのかもしれません。

物語冒頭で地球に行った際、カルロスは地球から花だったか何らかの植物の鉢植えを持って一人娘のいる元妻の家に会いに行く程度には家庭のことを未練に思っているようですが、妻には警察か消防かそういったサービスに従事しているおそらくは生身の現夫或いはパートナーが居り、一度目にカルロスが来訪した時はほとんど警察に通報するように夫を呼んで、カルロスを家の敷地外に追い出させている。

 

このあたりの描写から、この作品は、恐らく義体に対する偏見がかなり強くある社会を描いているのではないか……と思っています。

冒頭から多分攻殻機動隊シリーズからのオマージュの要素がかなり強いように感じられ、生身の人間が損傷を負った場合に義体に切り替える・(攻殻機動隊で言う)ゴーストのコピーのような真似をする人間が作中に現れる一方、映画の冒頭で地球からハッカーを連れて火星に移動する際、アリーヌとハッカー(アリーヌの右上に見返り美人の姿勢で描かれた栗毛色長髪のキャラクター)は人間用の座席に案内され、一方でアリーヌの相棒であるカルロスは、アンドロイド用の預入荷物エリアに持ち込まれる。

目標を追跡するとき、カルロスに腕を掴まれた生身の犯人は「あんたにそんなことができる訳ないでしょロボット、〝手を離せ!〟」というようなことを言っている。その時カルロスはどうしているかというと、犯人の手を掴んだまま機能を一時停止している。彼の顔のように見える部分は3Dホログラムで表示されており、先述のように恐らく意図的に機能を一時停止する時は彼の顔はなく、顔があるべき場所にはエラーメッセージが3Dホログラムで表示されている。彼はあらゆるキャラクターを属性ごとに細分化していくオタクの手に掛かると異形頭キャラクターということになるんですか?

 

カルロスの寄る辺

アリーヌの後方に描かれている頭が裂けている女性キャラクターが例の「失踪した女子大生」であり、たぶん物語本筋のキーキャラクター……?の一人ですが、この女子大生を追う中で、視聴側はカルロスの寄る辺の無さを度々目撃することになります。

何せこの映画の世界、攻殻機動隊オマージュ風の技術力を想定しつつ、作品世界内で用いられる倫理は多分、デトロイトビカムヒューマン辺りに近い。

 


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作品終盤で発生する一連の事件に対して、作品内では「AIによる反乱」という言葉で表されており「ロボット」という言葉は使われていない。なので恐らく、自らのゴーストをロボットにコピーした女子大生やカルロスのような存在は、この世界において「AI(或いはロボット・アンドロイド的なもの)」として括られているように思われる。

物語冒頭に失業者は反AIを掲げてロボットを破壊して回りますし、カルロスのような明らかに元人間と思われるAIも、移動時は貨物車に積み込まれる。警察は不法行為を行った生身の人間に対しては銃を向けて威圧するだけですが、その人間が携行するAIに対しては高圧電流の銃のようなものを初手でぶっ放して無力化する。容疑者を制圧する側としては、容疑者が携行するAIなんてものはドラえもんみたいなものなので、そこからまず足止めするのは当然と言えば当然ではありますが。

 

 

妻の現在のパートナーから銃を向けられつつ、かつて生身だった頃の家族から明らかに拒絶されたカルロスはしょんぼりと探偵事務所に帰っていく。癌の発症によって義体化したという義体ショップの女性は、カルロスを何らかの対話グループに誘う。

とはいえ、話の主軸は元人間であり現AIらしいカルロスの寄る辺の無さではないので、女子大生が通っていたキャンパスの寮で死体を発見したり、そこの若くてイケメンらしい大学教授をアリーヌがナンパした挙句、身も世も無く酔っぱらって教授の家のトイレでゲーしているのをカルロスが回収に来たり、なんか捜査とか、色々する。

作中の絵柄がリアル寄りということもあって、一見厳めしい顔つきのアリーヌの口元に皺が二ッと寄って、彼女が歯を見せて笑うのを幾度となく見ていると、こちらも自然と親しみを覚えるようになる。

 

※以下本編核心部のネタバレを含みます。

 

 

好きな人と一緒に居られないことは悲しい。

それに生き残っていたって、寄る辺がないことはとても悲しいことだ。

 

冒頭に書いた通りこの映画字幕がついてなくて、飛行機内で遠くにジェットエンジンの音を聞きながらガバガバの無配ヘッドホンで耳を塞いで終わりのリスニングテストをしている状態なので、恐らく細かく見ていくと私は何か間違った認識をしているんじゃないかなとは思っていますが、私が見た理解としては、結局一連の騒動の黒幕は彼女のパトロン(冒頭でアリーヌたちを地球に行かせてハッカーを確保させた?裕福なビジネスマン)を始めとする一味であることが判明。多分AIを縮小させて、代わりに自分たちが開発するバイオマシン?を売り込むための虚言。これを看破したアリーヌたちは、元々おそらく戦地かどこか?で共に三羽烏をやっていた*5内の一人である例のビジネスマンの本拠地に乗り込み、屋敷を護衛するバイオマシンをカルロスが足止めする一方、先行して屋敷の中に入ったアリーヌが件のビジネスマンを取り押さえ、AIに対するアップデート?を止めさせるかダウングレードさせるかの一歩手前まで行くものの、そこでビジネスマンの雇ったSPか何かとの混戦が発生、バイオマシンを停止させたカルロスが直行するももう数秒間に合わず、アリーヌは射殺される。

彼女の死を確認したカルロスが呆然としながら富豪の家から街まで徒歩で降りてくると、そこではアップデートされたAIが街をねりねりと行進し混乱の様相を呈していた。その中でカルロスが自分の家族の無事かを確かめに行くと、元妻の彼氏か現旦那かが訪ねて来たカルロスに向かって銃をぶっ放す。元妻は怯え切り「私たちを放っておいて」と叫ぶ。改めて強い拒絶を突きつけられたカルロスの後ろに、AI達の行進が映る。

カルロスは元々ストレージの容量か何かが一杯であらゆる更新に失敗していたため、件のアップデートによる影響を受けていない。しかし、彼はそこで背後を行進するAIの行列を一瞥した後、かつて家族だった人を見遣ってから、行進の列に加わる。

AIの群れに加わったカルロスがどこに向かうのかを尋ねると、宇宙船に向かうという返事が帰って来る。作中の冒頭に太陽系外の遠い惑星で生命反応が云々というニュースが報じられているが、その星まで自分らの情報を書き込んだディスクを飛ばすらしい。自分の情報を書き込むと、今起動している自分の身体は情報が無くなり廃棄される。おそらく、AIの身体に宿っている核心的な情報 ゴーストのようなものを、そのまま宇宙船に移すようなことをするのだろう。

カルロスはその行進についていき、宇宙船に向かって自分の情報を書き込み、そこで画面は暗転して、血管のような光の帯、広大なネットのイメージのような映像が何秒か移り、暗転。物語は終わる。

この映像を見て個体としての死を嗅ぎ取ってしまって私は、消灯時間中の飛行機の中でおかしくなりそうになっていた。怖くて。死が全然怖い。ティーンを過ぎたら諦めが着くかと思っていましたが、全然諦めが付かない。しかし生身の身体を失い、家族に拒まれ、相棒の存在を失った彼が最後の寄る辺としてAIの行列に加わっていく姿が、頭の中に焼き付いたように繰り返される。

カルロス。生身の身体を失ったとて義体化することで生き残り、今回のどえらい状況もOSの更新を行っていなかったので、特段影響を受けていない。生き残っている。しかし家族に拒まれ、今ほとんど自分の落ち度のような状況で相棒をあまりに呆気なく失った彼が、AIの行列に寄る辺を見出した姿がなんか、物悲しいなと思うと同時に、こんなことある?と思った。

だって生き残らせていれば二期にでも繋げられそうな割とコミカルな作風だったところで、ああもバッサリ。確かに序盤からおやつ感覚で人死には出ていましたが、主人公格は問題なく生き残るだろうと思って見ていたおごりが、私の頭を割いた。こんなことってありますか? 

いつもの街が崖下に見える眺めのいいベンチに茫然と座っていると、屋敷から戻ってきたアリーヌが、突入の時に若干負傷した腹部を抱えながらふとやってきて、ベンチに座って呆然としているカルロスに向かって、例のように頬に皺を作り歯をにっと見せて、砕けたように笑う。それが、瞬きをするともういない。いる筈がない。彼女が撃たれたのは頭で、それをカルロスは目の前で見ている。ひどいよ。こんなのあんまりだよ。

 


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サイバーパンクエッジランナーズも結構こういうところありましたけど、あれは街から愛しい彼女を守り切ったという自負を持って彼は死ねたんだというせめてもの慰みのような感慨があったじゃないですか。サイバーパンクの世界観においてこのストーリーを走らせるのであれば、「これの他はない」というトゥルーエンド的な納得感があった。

一方で、MarsExpress。これは、しかし、「バディの働きでどうにか収まった」というところに着陸するのであれば、私がここまで作品の残滓に苦しめられることもなかったのかもしれない。その点ではあの終わり方は意図した楔を残しているのかも、こんなのってないよ。でも死って納得とか満足を置き去りにして全てにおいて唐突にやってくるものなので、唐突にやってきた何者かによって女子学生が殺害されるという場面で始まったこの話はそういうものであり、その中で主人公らは奮闘して散ったということになるのか。こんなのってないよ。無事に事件を終わらせて二人で祝勝会をしてくれ。頼むよ……

 

 

 

*1:これによって当該作品が性差別的であるという主張をしたい訳ではない。雇用機会均等法が施行されてから三年目に初出したフィクションが反映又は想定する社会は基本的に男体が外で働き、女体は家庭内で再生産を担うというイメージが〝常識〟であったことは想像に難くないし、その描写をすることに何らか特別な思い入れがあると想定することはあまり適切ではないと思う。

*2:その後「油断を誘うにはこの姿が一番」といったことを言い返されしてやられる。

*3:仮に少佐が男型の義体を取ったとしても同じようなことをしそう。一方で「義体を交換し続けても使い続けていた思い入れのあるだろうと思われる腕時計」を取りに戻るような謎行動はしないと思う。

*4:アリーヌの右上に描かれている拳銃を構えている男性キャラクター(警察関係者)との若干のロマンス要素がある。見たところ男性キャラクターの横恋慕っぽい

*5:旧友であることを表す三人で映った戦地?の写真がビジネスマンの部屋に飾られている