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社会人ちゃんの日記

2022年のクリスマス

 

折角クリスマスなので、何か「クリスマスっぽいこと」をした方が良い気がする。

 

数年前は北欧のクリスマスマーケット*1観光とかをしていて、実際ホテルで食ってる飯は長くて硬いパン(15デンマーククローネ、300円ぐらい)と、乾燥トマトとファンデのスポンジみたいなもっきゅもっきゅした触感のチーズが乗っかったバジル風味触感粘土パスタ、そしてハイネケンというラインナップでも、かなりクリスマス気分でしたし*2

別に旅行をしていないときも、実家でパラサイトシングルをさせて頂いていた時分には、座っているだけでチキンとかケーキを食べ、したり顔で時流に乗っかっていた。

 

当該旅行中のクリスマスディナー

 

翻って今、独居、通院、何かが起きる筈もなく……。

 

そういえば今日、支払いを終えて病院から出たら、県境を跨いだ救急車が救急搬送口に吸い込まれていったのを見て、病床の逼迫に思いを馳せた。

あと、駅に向かう途上でたまたまKFCの店舗の前を通りかかったら、店の入り口を警備員の人が警備していて、時節に伴う治安の悪化のようなものを感じた。

 

2022年のクリスマスイブ。

冷蔵庫には、今月3日に期限切れになった厚揚げ、白菜、じゃがいも、キャベツ、玉ねぎ、ヘタから伸びた葉が茂ったニンジン、そしていくつかの卵。

冷凍庫には凍らせた鶏むね肉と、沢山の保冷剤。

あとは冷蔵庫外に、ホリデーシーズンの値引きに乗じて買った酒瓶がいくつか。

 

飲酒はできる。

飲酒さえしていれば、ハレの日感が出るのではないでしょうか?

 

www.kawade.co.jp

 

折角なので、主観的に「クリスマスになると思い出す書籍」をご紹介します。

 

途中までこれでpixivのブックサンタ企画に応募しようと思いひりだしていた訳ですが、「クリスマスをテーマにしたエッセイにしてはちょっと……」という感じになってしまったので参加できませんでした。

 

ここで我こそはpixivの掲げる「幼少期のクリスマスやサンタクロースの思い出、大人になってからのクリスマスの体験談、ちょっと変わったプレゼントの話など」というテーマに沿った文章をひりだせるという御仁に朗報です。25日の23時59分まで受け付けているとのこと。

 

www.pixiv.net

 

ミシェル・ウェルベックの『セロトニン』は、2020年以前のフランスを舞台にした小説作品です。304ページ。

援助交際というべきかセフレというべきか、といったところの付き合い方になっていた彼女に愛想を尽かし、食うに困らない分の資産を持って「蒸発者」となることに決めたフロラン(46)が、処方された抗鬱剤の副作用でEDを患うことを機に、これまで深い仲になってきた女性各位を巡礼して回るといった趣旨の話になります。

 

「巡礼」というワードからも分かるように、本作はクリスマス一点勝負の小説と言う訳ではなく、作中では結構サクサクと時が流れていく。

というか、ストーリー自体がほとんどすべて主人公の回想と一人称によって構成されており、回想をしながらさらに過去を回想したりするので、回想の中でこういう季節がありましたね、とは言えますが、小説の中で全体としてこういう流れでしたよね、というのは、結構よくわからない。

よくわからない小説を、雰囲気で読んでいる。

 

あと、翻訳の手法なのか原文がこういう書き方なのかは不明ですが、一文がとんでもなく長い。

 

おそらく、自分がこのような態度にどれだけショックを受けたか話せる相手には事欠かなかっただろうが、その相手は彼女の家族ではないだろう、そんな話をすれば、おそらくその状況を利用してそろそろ日本に帰国する時ではないかと結論を出しただろうから、でも友達とか、知り合いになら話はできる、多分、ぼくが、ルシヨン地方のアンズ生産者に見切りをつけ彼らが滅亡の道をたどるのに任せていた間、ユズはスカイプを頻繁に使用していたに違いない、ルシヨン地方のあんず生産者に対するその頃のぼくの無関心は、今になってみると、カルヴァドス県とマンシュ県の酪農家の運命が決まる肝心な時期にぼくが示した無関心の予兆のように思えるが、それはまた、自分自身の運命に対してもより根本的な無関心を示しつつあったのと同時期で、この頃やけに年上の話し相手を探していた、それは逆説的なようだが簡単ではなかった、彼らはぼくがシニアのふりをしているのをすぐに見抜き、特にイギリス人のリタイア世代からは冷たい扱いを受けた(でもそれは重要ではない。イギリス人から歓待されることなどありえないのだ、イギリス人は人種差別主義者で、そのソフトヴァージョンが日本人だと言えるだろう)。(ミシェル・ウェルベック著、関口涼子訳『セロトニン河出書房新社、p.24。)

 


こんな感じ。

 

ayutani728.hateblo.jp

 

読了直後にインターネットで「セロトニン ウェルベック 感想」で検索したら「一文が長い 読みづらい」という感想が出ていたような気がしていましたが、

今改めて検索してみたら、「冗長だけど不思議とテンポが良くて読みやすい(意訳)」といった感想があったので、やっぱりプロの技とトーシロの悪文は違うんだろうなというのは理解しつつ、

 

論文指導を受けている最中「句点で文章をやたらに繋げるのは僕の指導教員の人がやっていたことで、彼は稀代の悪文と呼ばれていた」「必要な情報のみに絞って一文を短く簡潔にするように」という指導を指導教員に口が酸っぱくなるまで繰り返させ、

大学を無事卒業した後も、ツイッターで書き手を自称するオタクが「二次小説を書く時は一文を短く! わかりやすく! より読んでもらえるように!」と言っているのを見るたび*3、(他人に読んでもらうことを前提に二次小説なんか書いたら、病みませんか?)と首を捻っているオタクは、この『セロトニン』を読むと元気になるので、自分が果たして二次創作同人小説を書いているのか、はたまた判読不能の怪文を書いているのかわからなくなった時に、この本を開いている。

 

なんてったって大ベストセラー。そして一文がこの長さ。落ち着く。

だって、「Twitterで趣味の二次小説を投稿した旨をツイートしたところで特段通知はないが、好きな他人の二次絵をリツイートすると、私のツイートがタイムラインに表示されているらしいフォロワーからいいね通知が結構来る」という状況の主因は、「私がフォロワーの目に留まるような日本語を書けていないから(自分の書き方が悪いから)」ではないのだと思える。

その原因は単純に、「フォロワー含めオタクとの交流・布教・界隈内宣伝の一切を怠っているから」そして、「オタク好きしない人間関係にエグイ嵌り方をしているだけだから」です。二次オタクにおけるひとつの真理。落ち着く~~~

 


 

 

「クリスマス休暇の時期にはどうなさるつもりですか。この時期には気を付けなければならない、鬱の気がある人にはしばしば致命的で、落ち着いたなと思っても大晦日にダメになっちゃう患者が沢山いてね、いつだって大晦日の夜ですよ、夜零時を越しさえすればこっちのものだ。そう言う状況を想像しとかなきゃいかんのですよ、大体にしてクリスマスで一発食らわされ、クソまみれの状態が一週間続くでしょう、もしかしたら大晦日を免れるプランがあったのかもしれんが、それがおじゃんになって三十一日がやってくると、もう耐えられなくてね、窓に近づいて飛び降りるか銃で自殺する、ケースバイケースだけれども。(後略)」(同上、pp.125-126)


セロトニン』の作中では以上のように精神科医が述べるところがあり、私はこれを読んで以来、クリスマスシーズンになり、ショッピングモールや商店街で「そりすべり」等、を時節に合った曲を聞いたりするたび、何となくこの文言を思い出すようになった。

 

ところで私、今日までクリスマスシーズン中に何気なく聞いている時はこの曲名知らなかったんですけど、「クリスマス 曲 たんたんたん たんたんたたんたたんたんたたんたたーん」で検索したら、Yahoo!知恵袋にドンピシャな回答があった。インターネットってすごい。

 


www.youtube.com

 

閑話休題、欧米ではクリスマスシーズンは家族であったり大切な仲間と過ごすことにより力点を置いているようなので、「クリぼっち」や「リア充爆発しろ」といった言葉がある程度ネタとして存在を許されている極東の島国よりも、メンタルの面でいっそう厳しい戦いになるのだろうか、というようなことを想像する*4

 

先程引用した医師の問いかけに対し、フロランが「クリスマスシーズンを修道院でやり過ごす計画を立てたがもう空きがなかった」ということを言うと、精神科医は「タイで売春婦と過ごす」ことを勧める。

 

このアイデアウェルベックの過去作に既出のものであり、「クリぼっち回避のため*5参加したタイへのツアーで出会った女性と紆余曲折して恋に落ちた「僕」が、「セックスリゾートビーチツアーを計画して人々を幸せにしよう!」という志を胸にした彼女(ディナー中に脱いだパンツを机の上に置くタイプ)と共に奔走する」といった筋の小説がある。(『プラットフォーム』)

 

一方『セロトニン』の主人公であるフロランは、前述の通り抗鬱剤の副作用によって性的不能状態にあるためその解決策を取ることはなく、結局クリスマスどう過ごすのか問題をその場で有耶無耶にしたまま診療所を後にし、帰路の駅で、「地球に存在するヴァギナの総数について」考え、「なんて沢山のヴァギナが地球上に存在するんだ」ということで目眩を覚えていたりする。

 

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これは『セロトニン』に限らず、これまでに自分が読んだことのあるウェルベックの小説*6にわりと共通している(ように感じる)ことですが、

ウェルベックの著作において主人公となる「人好きしないタイプの、往々にして差別主義者であり、若い女体に向ける性欲に悪びれがない中年白人男性」は、ストーリーの中で取返しのつかない精神的・肉体的な喪失へ向かっていく*7

生きていて時間が経過すると必ず何かは喪失するものですが、ここで、そもそものキャラクターとして「人好きがしない」こと、そして舞台となるのが「個人主義が尊重される時代であること」*8によって、途中誰かに都合よく引き留められ、ささやかながら暮らしていくような一種の「救い」めいたところがなく、何もかもがめでたく終わらない。誰もお前を愛さない。

 

 

机の下で蹲る結末を迎えることになるからこそ、かつて思うままに過ごした一瞬、愛情があった一瞬が*9、回想の中で夜空の星のようにきらきらと輝く。

 

特に『セロトニン』は、「取返しのつかないことになる契機」が、いたって凡庸(フロランの浮気)なので、余計に「あの時もうちょっとどうにかならなかったのか」ということを、フロランの物語の末路を読んだ読者が考えざるを得なくなるという点で、この小説は他人の感想でも述べられるような「寂しさ」や「ある種の美しさ」、「切実さ」といった感情を催させるのかな、というようなことを思いました。

 

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ちなみに『セロトニン』自体は、「ストーリー」というより、2018年フランスで発生した燃料高騰に対するデモ(黄色いベスト運動)を「予言」したということで話題になった書籍らしいです。

 

このブログをするため、「性の六時間」であったり家族団欒サービスの時間であることが強調される時間中に『セロトニン』を飛ばし飛ばし読み返し、初回に読んだ時と比べればかなり軽い傷で収まっていますが、寂寥を得ました。

せきりょう。

インターネットで見かけた感想の中に、「結末に寂寥感が漂う」というのがあったのですが、ずっとこれを読めずに「せきびゅう?」と思いながら、一生懸命変換しようとしていた。

2022年のクリスマスイブでした。

 

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特別お題「わたしの2022年・2023年にやりたいこと

*1:北欧ではクリスマスのことを「ユール」と言う、らしい。少なくともノルウェーではユールの言い方が幅を利かせていた。なので「北欧のクリスマスマーケット」は現地語を使うとJulemarked(ユールマーケット)となるが、「クリスマスマーケット」で普通に通じる。

*2:とはいえマーケットの屋台でりんご飴とか食べているので、十分クリスマスを堪能しているとも言える。

*3:これらのツイートが回ってくるたびに忘れているので、明確な出典はない

*4:私は欧米圏のインターネット文化を知らないので、そこに潜ればそれに類する言葉はあったりするのかもしれないです。

*5:この言い方は語弊がある。単行本カバーに記載のあらすじによると、タイ旅行参加の切欠は「父の死」であって、時期がクリスマス休暇前というのは、単純な偶然なのかもしれない。

*6:セロトニン』『素粒子』『プラットフォーム』『ある島の可能性』『ランサローテ島

*7:一方金銭面では往々にして裕福である。これがかえって、「直近の金銭的な余裕があり、喪失したからといって生死には直結せず当面生きることはできるが、かといって何の埋め合わせにもならない」という状況を造り出し、精神・肉体的な喪失を際立たせている面があるようにも思う

*8:ここでは「他人へ過度な干渉をしないこと」の言い換え程度の意味で「個人主義」と言う言葉を使っている。ウェルベックの作中では、都合よく主人公を好いて干渉し、孤独ではない状態へ導いてくれる要素らしいものは存在しないか、存在したとしてもほぼ確実に剥奪される。物語開始時点で両親は鬼籍に入っていることが多く、また生前から主人公となる子供とは不仲である。なお、『セロトニン』には出てきませんが、飼い犬も死ぬ(『ある島の可能性』)。)

*9:とりわけ『セロトニン』のケースでは、「あのまま“気の迷い”を起こしたりせず、或いはあの後に「うまくやれて」いれば、今の自分が手に入れていたかもしれない愛情と幸福」が